教育関係のビジネスに進出する際には、「資格」や「受験」という間口をどうやって別な層に広げられるか、あるいは得意分野の情報を徹底して深掘りすることの選択が大きなポイントとなる。ビジョンのない拡大路線は、窮境に陥る大きな要因となる。

企業再建・承継コンサルタント協同組合
安藤 ゆかり

地域地方都市
内容中堅進学塾「株式会社鈴木教育システムズ」
規模講師50名

地方都市で古くから進学塾を営んでいる鈴木は、30年前に脱サラをして妻と高校進学向け学習塾をスタートさせた。スタート当時は生徒の確保で苦労し、高校受験の家庭教師・酒屋の配達などのアルバイトを続けながら、地域の学校の行事に関わったり、先生とのパイプを深めながら、努力の甲斐もあり夏期講習から生徒が増えてきて、塾だけで生活も成り立つような状態になった。

翌年の受験では教え子のほとんどを第一志望校の高校に合格させることができ、近所で評判になり翌年は何の努力もしなくても、生徒が口コミで確保できる状態になった。

また、鈴木は勉強以外でも、子供たちの相談に親身にのったり、親たちからの相談にものったり、精神的なケアが非常に上手く、親子ともども満足度の高い塾と評判になった。

鈴木は生徒と親へのケアばかりではなく、塾講師に対して統一した教育方法のマニュアル化を図った。その結果、どの先生から教わってもわかりやすいと評判になり、遂にこの地域の進学校を希望する生徒のほとんどが通うほどの規模にまで成長していった。

高校受験に特化した戦略で「高校受験なら鈴木塾」と地域では評判になり、鈴木自身も高校受験生に向けた学習塾の徹底化を図っていたが、高校に進学した生徒から大学受験の時にも鈴木から教わりたいという要望が多く寄せられ、その結果、高校受験・大学受験そして遂に中学受験にまで広がって行った。

最初は自宅兼進学塾というスペースで、10名程度の規模で個人事業からスタートした鈴木塾は、生徒からの要望が増え30名規模に拡大し、それ以外に教育熱心な地域からの要望も増え、ビルを借りるまでに至り、講師50名・生徒1,000名規模の中堅学習塾へと成長し、社名も「株式会社鈴木進学塾」から「株式会社鈴木教育システムズ」に改称、代表取締役となって、経営に特化するような状態になり、拡大路線に突き進んでいった。

拡大路線への転換時は、折りしもバブル真っ最中。「節税対策」と銘打って銀行から投資用アパート二棟、自社ビル一棟を鈴木教育システムズで購入し、節税対策も万全に行ったと思っていた矢先、バブルが崩壊した。

地価下落が特に酷かった地域でもあり、銀行から全額返済の要請一本やりという状態になってしまった。

当社に相談に来た時点では、A銀行から金利値上げの要請と、妻の実家への追加担保または保証人の要請があり、金利値上げに応じると鈴木教育システムズの資金繰りが3カ月後にはショートするような状態に陥るという状態であった。その二つの要請に応えられないが、何とかならないか?という相談であった。給与の遅滞が始まると、優秀な講師はドンドン辞めて行き、さらに状態が悪くなるのは目に見えている。期間が足りないなかでのデューデリジェンスと、今後の会社経営についての方針固めを急いでやらないといけない状態に陥った。

分析の結果、負債の大きい不動産と塾の部分、さらに中学受験・高校受験・大学受験と部門別に分析し、その結果、中学受験が赤字。高校受験が非常に利益の高い黒字。大学受験がトントンという状態であることがわかった。

事業リストラ

鈴木は、受験のテクニックを教える以上に、「子供たちがどの学校に向いているのか?」という適性検査に関するノウハウと、それにマッチさせるための地域の高校に関するあらゆる情報を知っていることが強みであった。

しかし事業の拡大化に連れて、鈴木自身が生徒を直接指導することが段々できなくなってきて、さらに時間的な余裕がなくなったことから以前のような各高校からの情報収集も不可能となり、その結果、頼みの綱であった合格率が年々低下してきていた。

また、地方都市であるため、中学受験用に挑戦する生徒は都心部に比べて少なく、非常に収益性が悪く、将来的にも中学受験が多く見込まれる可能性が少ないと判断。中学受験部門を全てやめることを決定し、高校受験に特化させることに集中させた。

中学受験用の生徒は、小学4年生から受け入れていた。鈴木からは、その生徒が6年生になるまで撤退するのを待って欲しいと要請されたが、その間の経費を計算すると他の部門の足を引っ張るのが目に見えており、その生徒たちは他の大手学習塾に移ってもらうことを決定した。この決定は、後の会社全体の方向性に非常に良い方向に働くこととなった。

大学受験に関しては、収支トントンという状態であったが、大学受験の塾を本社のみにすることにして、生徒が通えるかどうかの検証をしてもらい、ほとんどの生徒が本社に通うことに支障が無い状態であることがわかり、実行することになった。

業務リストラ

テナントとして借りている賃料が、適正賃料かどうかを一店舗ずつ見直した結果、バブルの一番高い時期に借りて、そのままの賃料を継続させていた店舗が三つあり、それぞれのオーナーに適正賃料の交渉に入った。最初は鈴木から「オーナーにそんな話をすると、あの会社は危ないのじゃないかと思われる」ということを気にされたが、背に腹は変えられない。金利を上げるのと妻の実家の追加担保、または、保証人になってもらわなければならない。鈴木はそれだけは避けたかったので、オーナーへの賃料交渉を依頼される形になった。

通常、業務リストラと言うと、「昼休みの電気は消す」「文具類は各自揃えるように」という形で節約に走る経営者が多いが、全体から見るとその効果は微々たるものである。一番ウエイトを占めるものはなにか?この会社の場合は、①金利、②賃料、③人件費であった。

金利に対する対策は次の【財務リストラ】で話をするとして、賃料に関してはオーナーが要請に応じてくれた。ご存知のように、住宅地にある学習塾の立地は、他の業種を入れる店舗としてみると非常に人気が無く、オーナーとしても1階がコンビニ、2階3階が学習塾、4階以上に自分たちが住むという造りになっていて、突然2階と3階が空くと埋めるのに当面困るという状態が目に見えていた。

また、人件費に関しては塾の講師の80%が正社員で、昼間生徒のいない時間帯から出勤し、生徒の問題の作成などに当たっていた。塾の場合、大学生をアルバイトという形で講師にするケースが多いが、鈴木教育システムズは正社員という形が良い方向に働いていた。ただし、皆真面目に内勤をこなしていたが、肝心な生徒を確保する動きには至っていなかった。先生と面談し、皆生徒への思い入れも強く、何よりもこの塾で働くことに誇りを感じていたことを実感した。鈴木の指導が講師たちに支持されている証拠であった。社員たちの熱き思いがこの塾の一番の強みだと実感し、むやみに人件費削減を提案するのではなく、今いる講師を有効に仕事をしてもらえるしくみを考えた。

まず、講師の半分は中学・高校へこまめに訪問する形を作った。これにより、学校からの生徒の受入れ、高校の情報がより入るようになり、塾としての強みを増していった。

財務リストラ

前述したように、負債40,000万円、担保価値22,000万円という状態であり、塾としての要の本社ビルは別にして、アパートは早急に売却すべき状態であった。銀行に売却の意志を告げ売却活動に動いたが、地方都市のアパートの購入ニーズは非常に低く、時間が掛かることは目に見えていた。折りしも二棟のアパートのうち一棟は法人に一括貸しをしていたが、2カ月後には解約したいという申出があり、収益物件として売却することは難しいと判断。そこで取壊し費用を計算し戸建用地としてのニーズを模索したところ、6,000万円で早急に買ってくれる不動産業者が見つかった。当初のアパートとしての予定では、4,000万円で売却できれば"オンの字"という計算であったが、嬉しい誤算であった。このおかげで残りは時間を掛けて売却することに決めた。

問題は本社ビルであった。願わくば、収益物件として購入してくれる会社が見つかれば良いが、もし自社使用目的の購入希望者がいたら、他への移転を考えなければならない。移転費用の捻出を考えると、収益物件としての購入希望者を捜すしか選択肢が無く、売却可能金額を引き下げる要因となってしまった。

結局、大手予備校より鈴木に合併の話が持ち上がり、鈴木から相談を受けたものの、結論から言うと、条件次第では合併話を進めたほうが賢いという判断に至った(詳しい話は【結果】にまとめてある)。その予備校が本社ビルも収益物件として購入してくれることが決定し、17,000万円程度で査定していた本社ビルを、22,000万円で購入してくれることになり、リースバック方式で鈴木の塾が賃借し夫婦二人で住んでいた4・5階は明け渡し、リフォームして予備校が一棟丸ごと塾として活用する形になった。

結果

各方面のルートを根気良く当たった結果、隣接地域に本拠地を置く某大手予備校から、株式会社鈴木教育システムズ全体の一括営業譲渡の提案を受けることとなり、相手方との協議を重ねていくなかで、鈴木の持つ同地域の各高校の校長先生とのルートや、生徒の個人情報、そして鈴木独自の教育ノウハウを含めた鈴木教育システムズのブランド価値が、ことこの地域においては非常に高いことが明確となってきて、鈴木自身も初めてそのことを自覚するようになった。さらに幹部社員や有力講師たちもそのことにプライドを持って、全社的なモチベーションアップの兆候が現れてきた。

しかし、実際にこれまでは競合企業であった他社に一括営業譲渡を行った場合には、人事交流の難しさや、銀行をはじめとする債権者との関係も含めた各種の問題点が発生する危険性が高く、折角の営業譲渡効果が減殺されてしまうことがあり得るため、その点を指摘した上で大手予備校との協議を重ね、結果的には利害の一致点を強調して、一部資本参加と役員派遣を含めた「業務提携(アライアンス)契約」を締結することに成功した。

最終的に、株式会社鈴木教育システムズは、代表取締役はアライアンス先からの派遣によって交替することとなり、鈴木は取締役会長の座に退くという結果となったが、会社自体はほぼそのままの形で営業を継続し、労働者の完全雇用も実現することが可能となったのである。

12,000万円の残債に対しては、アパートの収益と大手予備校との業務提携が確実になったことをA銀行が理解し、20年払いのリスケジュールに応じてもらえることになった。このリスケジュールにより、資金繰りが一気に良化し、会社も個人もその問題からは開放された。鈴木自身も資金繰りと内部問題ばかりに日々悩み、最悪は一家揃っての自己破産まで考えていた経営者時代よりも、ずっと教育システム開発と研究に専念できる環境を得て、以前よりもかえって元気になったようである。

最後に、教育関係は「少子化の時代」と言われ、縮小傾向のように思われているが、「小学生」「中学生」「高校生」という枠をこえ伸びている教育関係も多い。「MBA」や「TOEFL」など、その資格があれば給与が上がると言われてた資格も、今は持っているだけでは"使い物"にならない、逆にプライドだけ高くて扱いにくいということに企業の人事担当者も気付き始め、その得点はなくなりつつある。

教育関係のビジネスに進出する人たちは、「資格」や「受験」という間口を別な層に広げられるかがポイントになるし、鈴木教育システムズのようにその分野の情報を徹底して深堀りすることも必要になる。さらに、インターネットの普及は個人のマーケットにさらに浸透し、同様に学習塾の経営にもインターネットで大量の生徒に問題を解いてもらうシステムを作る、あるいは、個別教育の要素を詰めるかのどちらかの選択に分かれると思っている。

それ以外に最近感じるのは、最近の若者が、人との関わり合いやコミュニケーション能力が極端に低下してきているように思われることである。本来、家庭や学校・地域社会で育まれていたしくみそのものが崩壊しているからであろう。その辺りの分野にビジネスチャンスが眠っているのではないだろうか。また我々も、企業再生の仕事に関わって「経営者」としての教育をもっと行うべきだと実感している。これは次なる課題だと思っている。