本稿では、市場が衰退する中、経営資源の蓄積度合いに応じた成長戦略をどのように具体化して自主再建 を果たすか、具体的な自主再建型経営改善事例を採り上げる。

企業再建・承継コンサルタント協同組合
中小企業診断士 渡辺 正幸

パチンコ店業界における「マスターキー」市場衰退の懸念が高まる中で、X社は、パチンコ店市場の機械設置工事ニーズに着目し新たな分野の事業に進出。しかし、経営資源の蓄積度合いと採算性を軽視した展開によって経営危機に陥った。

業種概要パチンコ機
スロットマシン機の「マスターキー」製造販売とパチンコ機
スロットマシン機の設置工事
売上高年商8億7,000万円
取引先パチンコ店500店
従業員数72名
経営者2代目

X社は、大都市圏の人口30万人程のA市に本社を持つパチンコ・スロットマシン店(以下パチンコ店)を主要な取引先として、遊技機器のセキュリティ関連の部品(これを業界では「マスターキー」と呼ぶ)を開発・製造・販売してきた企業である。

「マスターキー」とは、パチンコ機、スロットマシン機の表面の扉の開閉に使われる鍵である。元々この鍵は、各機にメーカー製造のものが取付けられている。しかし、パチンコ店はパチンコ機、スロットマシン機のセキュリティを高めるため自社オリジナルな鍵を必要としてきた。X社は、このニーズに着目し、いち早く「オリジナルキー」を開発・製造し、この分野に参入した。業界では草分け的な会社であり、パチンコ店業界の成長とともに歩んできた。

しかし、パチンコ機については、パチンコ店業界全体としてこの「マスターキー」をメーカー製造のものに統一することになり、これを契機にX社の「オリジナルキー」売上は大きく減少することになる。現在、各パチンコ店ともスロットマシン機については、自社専用の「マスターキー」を使用しており、X社の「オリジナルキー」売上は、このスロットマシン機用の「マスターキー」のものである。しかし、この「マスターキー」もパチンコ機と同様、パチンコ店業界として統一する動きが出始めており、市場の将来性が懸念される状況にあった。

また、パチンコ市場も新たな動きを加速させる状況を呈していた。パチンコ市場は、平成7年に30兆9,020億円市場に成長したが、その後の長引く不況等の影響もあってパチンコファン離れが進み、平成15年では27兆円市場に減退した。その後は一進一退を続けており、パチンコ市場は成熟化しつつある。成熟化した市場における競争の特徴は業界の再編成であり、それは大手パチンコ店の新規出店攻勢であり中小パチンコ店の淘汰である。X社は、「マスターキー」市場の先行きと、こうしたパチンコ店業界の新たな動向に対応して、特に大手パチンコホールの新規出店、既存店リニューアルによって生じるパチンコ機、スロットマシン機の設置工事市場に新たな事業機会を発見して、今から3年半ほど前にこの市場に参入した。

現在、事業のエリアは関西から中国地方にまで広がっており、大手パチンコ店の積極的な全国チェーン展開に歩調を合わせた形になっている。社員数も平成14年から平成17年までの3年余りで45名が増員され、その殆どはこの機械設置工事部門に従事している。また、機械設置工事事業の展開はパチンコ機の設置工事と関連して生じるパチンコ機・スロットマシン機の中古機の仕入販売事業をも発生させ、売上高は急伸長していくことになる。

さて、本業が思わしくなくなると何か他の事業で本業の不振を乗り切ろうとの考えが出てくる。現在多くの中小企業にあっては、これまでの事業の基盤としてきた対象とする市場が構造的な変化に見舞われているが、これに対応することが十分出来ない中で何か窮余の一策を求めて「新規事業」に踏み出すことをよく見かける。しかし、多くの場合このような「窮余の一策」が、安易に売上が取れそうな事業分野、それも経営資源が十分蓄積されていない分野であることが多い。このX社の場合もそうであった。売上高の急伸長はあったものの収益構造は極端に悪化すると同時に、売上高の増加に伴って生じた増加運転資金の調達が不可能に陥り経営危機を発生させてしまったのである。図表2は、「平成17年9月期の主要事業部門別変動損益計算書」である。

本業である「マスターキー」部門は、売上高を大きく減少させながらも、共通固定費配賦後における部門貢献利益を計上している。しかし、3年半前から取組み始めた機械設置工事部門は、共通固定費配賦後の部門貢献利益で大きく赤字を計上せざるを得ないことがわかる。特に機械設置工事部門の中古機販売部門は、部門責任利益の段階で赤字になっている。この中古機販売部門は、取引先のパチンコ店から中古機ではあるが「まだ使える機種、特に「人気機種」について、納入、設置の希望が強いことから機械設置工事を扱うことに伴って取組まざるを得ない面を持った事業であった。しかし、この事業は中古機を仕入れて若干のメンテナンスを施して納入する事業であり、元々付加価値の低い事業である。その上、仕入代金は即現金決済が業界の慣行でありながら、売上代金の回収は1カ月から1カ月半という資金繰り負担の大きい事業である。

もう一つ特徴的なのが、この機械設置工事部門の生産性の低さである。一人当り売上高は1,140万円を上げているが、一人当り限界利益は400万円程度であり、労働分配率も60%を大きく超える状況にあったことである。この事業部門は、建設業の職別工事業、すなわち電気設備工事業、給排水設備工事業等の専門工事業に極めて類似する事業内容であり労働集約的なところに特徴がある。それは、本業の「マスターキー」開発・製造とは大きく違った事業内容である。「マスターキー」部門は、小なりといえども開発型メーカーのそれであり、専門工事業に必要とされる経営資源とは似て非なるものである。

X社の経営資源として評価できるのは、パチンコ店業界と永く取引していることによって形作られた信用と「のれん」である。また、パチンコ店経営の実情についても永い取引関係の中で熟知しており、詳細な業界情報を収集できる有利な位置にいるとも言える。これは、パチンコ店業界を標的市場として何らかの事業展開を考える場合の有利さといえるかもしれないが、事業展開には、その事業にふさわしい、仕入、製造(工事)、営業、人材、資金等のノウハウ、仕組みが必要である。この点から考えると、標的とした市場への接近の容易さはもっていたものの事業を支える経営資源は甚だ心もとないものであったということが出来る。

また、営業部門は、それまでは本業の「マスターキー」の販売を中心に専属2名が中小パチンコ店を中心にルートセールスを展開していたが機械設置工事分野への展開に伴って4名を増強し、6名がこの新たな事業の営業を担うことになった。営業・管理部門の固定費を大きくしている主要な要因は、こうした人員増に伴う人件費である。しかし、市場を開拓するという意味での営業展開は殆どされていない状況であった。

中小企業の成長は、次のような道筋の一つか、あるいは複数の道筋への挑戦を成功させることによって実現する。一つには、対象としている市場そのものが拡大している場合は、当然参入者も多く競争は激しいわけであるが、専門化された分野の差別化を通じて市場における独自のポジションを獲得していくことによって成長を実現する。もう一つは、市場自体は拡大しなくとも(成熟市場、衰退市場とも呼ばれる)ビジネスモデルの革新によって競争力を洗練し、競合他社の市場を獲得してその市場におけるシェアを拡大することによって成長を実現する。そして、三つには、製品開発や新たな市場開拓による事業の多角化に挑戦し、製品の幅を広げると同時に事業の数を増加させることによって成長を実現していく。

しかし、こうした企業成長は、一般的に製品と事業の数を増大させる。増大した製品・事業の中から新たな成長事業が生まれることもあるが、個別企業の市場における競争力の度合いに規定されて芽が出ないまま終わることも決して少なくない。このような状況が長く続くと経営資源の分散を招き必然的に資本利益率の悪化に結びつく。したがって、このような増大した製品や事業は企業の収益性を悪化させるので、廃止や撤退をすることが必要になる。製品なら絞込みであり事業なら撤退なり縮小である。このようにして拡散した事業を絞り込んで経営資源を集中化させることが必要になる。拡散による事業機会の増大と有効な製品や事業への絞込みというプロセスを繰り返しながら、顧客ニーズに対応できた企業が新たな成長の道を歩んでいくことになる。したがって、中小企業に即して言えば、その企業の経営資源に合致した規模の市場を選択することと、魅力度の高い市場であっても自社の経営資源の蓄積と調達が合致するように市場戦略を立てて進むことが必要である。そして、この過程で、他の企業が模倣できないような独自の事業能力を構築することが安定的に競争優位を実現することに繋がるのである。経営危機に陥る企業の多くは、こうした企業の成長戦略の常道を大きく踏み外すことによって競争力を減退させてきたところが多い。

製品多角化、事業多角化、新規事業開発の取組みそれ自身が悪いということではない。しかし、多くの場合、こうした取組みが現在の事業の徹底した見直しの上に立って、競争力を減退させている要因を明らかにし、この競争力回復に経営資源を集中する方策が採られないまま、このような事業展開が進んでいることが問題なのである。それは、より一層経営資源を分散させ、最も「強み」とする事業の競争力を一層減退させることに繋がる。

X社の場合も、大手パチンコ店の積極的な新規出店によって生まれている機械設置工事という魅力度の高い分野への進出を決断したが、自社の経営資源の蓄積と調達が合致しないままの進出となり、工事量の増加に振り回されながら採算性において大きく悪化させることになった。

このような場合は、即座に事業の縮小か撤退を決断しなければならない。そして、再度、現在の蓄積している経営資源の範囲において展開できる市場セグメントを行い、そして、そこで他の企業が模倣できない固有の事業能力を構築することを目指すことが必要になる。X社の場合も標的市場を中堅・中小パチンコ店に設定し直し、顧客の大手パチンコ店との差別化ニーズにきめ細かく応えるユーザーサポートのソフト開発の方向に大きく舵を切ることになった。大手2社については価格交渉を行い、採算の合わない工事単価を要請してくる場合は、取引を解消するとの決意を固めて取組むことにした。営業エリアも中国地方は全面撤退し、関西エリアの移動コストが低い地域に限定し、そして従業員規模も72名から31名と半分以下に縮小、人件費以外の固定費も1億6,000万円から1億円に削減し、背水の陣で再スタートを切ることになった。

こうした姿勢は、価格交渉にも反映し、大手パチンコ店からの単価アップを実現することにも繋がっている。このような、事業リストラ、業務リストラを中心とするX社の事業再生、経営改善策は、図表3のような中期利益計画としてまとめあげられることになる。

中小企業の成長戦略は、現在取扱っている製品・技術を既存の市場(顧客)に向けてどれだけ深耕できるか、また、既存市場周辺の新たな市場を開拓できるかどうか、といったことに大きく左右される。同時に、現在取扱っている製品・技術を工夫して機能面や付加的サービス面で差別化を図り、既存市場における自社のシェアを拡大することができるならば、その市場が衰退化傾向を示していてもそこでの競争を優位に進めることが可能であり、企業成長を図っていくことができる。新製品開発や新技術開発も企業成長には大きな要因であるが、多くの中小企業にとっては言うほどに容易なものではないことから、今述べたような成長戦略こそ現実的といえる。

X社もこうした成長戦略の方向に大きく舵をきることにした。衰退が懸念される「マスターキー」市場も「セキュリティ」ニーズはなくならないのであり、このニーズに対応した市場開拓の可能性が存在していることが明らかとなった。既にX社は、このニーズに着目し、新たな製品を3年半ほど前に投入しており、現在監督官庁の規制の関係で導入はそれ程進んでいないが、パチンコ店からは期待が寄せられており将来の市場としては一定の見通しがあることが示された。また、大手パチンコ店の新規出店攻勢で中堅・中小のパチンコ店は、自らの生き残りの方策を模索しており、こうした中堅・中小のパチンコ店の中には、大手との差別化政策を積極的に展開していこうとする成長期待の持てるパチンコ店が少なからず存在していることも明らかになった。X社のこれまでの中核製品である「マスターキー」によって開拓してきた顧客の多くがこの中堅・中小パチンコ店であり、この顧客資源を十二分に活用する成長戦略の展開が求められた。すなわち、最も強みとする「セキュリティ」ニーズ対応の製品の品揃えの充実と経営資源の蓄積度合いに見合った機械設置工事分野の縮小。そして標的顧客を成長期待の持てる中堅・中小パチンコ店に絞り込み、この顧客層の大手との差別化ニーズに対する情報提供を柱としたユーザーサポートの展開を具体化する方向である。大手2社についても採算が取れない場合は取引を解消していくこととした(X社の成長戦略の概念図=図表4)。