中小企業では創業者が所有と経営の両方を担っている場合がほとんどであるが、承継問題が顕在化すれば 、企業の存続自体が危ぶまれることも多い。重要なのは、資産承継と経営承継を混同せず、会社を次代に引継ぎやすくすることである 。 ま た、新しい経営者に即全てを任せず、一 部の安定的事業を任せ適正を見ることも一つの手がかりである。

企業再建・承継コンサルタント協同組合 代表理事
(株)アセットパートナーズ 代表取締役
真鍋 敏巳巳

最近の中小企業の承継問題は、技術の伝承や雇用の確保という観点から非常に意義深いものである。中小企業の中には高度な技術や経営基盤を持っていながらも後継者不在により廃業に追い込まれたり、お家騒動により経営が立ち行かなくなるケースも多々ある。

特に近年では経営者の高齢化が進展しており、円滑な承継の重要性がますます高まっている。老舗企業の再建が必要になる会社のうちかなりの割合が「企業承継の失敗」という現状があり、組合設立後わずか5年間で120件を超える企業再建に関わってきた当組合も、企業の再建のみならず資産と経営の承継を視野にいれ06年5月に「企業再建・承継コンサルタント協同組合」へと名称変更を行い中小企業のサポートを行っている。

従来は、「会社=経営者」かつ「会社=プラス財産」ということで会社の事業財産と個人の相続財産とが混同され、相続人がそれを権利として相続するのが原則であり、事業承継問題は法律問題や税金問題を中心に考えられてしまう傾向があったが、それが原因で本来会社の経営者となるべきではなかった人物が経営者となってしまい、会社が縮小・消滅していき後継者も会社も不幸な結末を迎えたという事例は少なくない。

深刻な後継者問題への危機感から政府も重い腰を上げ、06年6月には中小企業庁を主幹として「事業承継ガイドライン」の策定を行い、経営者への啓蒙活動を行うようになっている。

因みに、現在では日常的な言葉になっている「企業再建」であるが、当組合が5年前に立ち上げた頃は「企業再建」は一部の専門家や金融機関のみに注目されている状態であった。

「企業承継」も同じように会社をどのように継いだらよいかということに対し資産承継の一面だけを相談できる専門家は存在しているが、資産の法務・税務・運用から経営承継問題全般にわたり相談できる機関や専門家がほとんどいない状況である。

今後ますます深刻の一路をたどる企業承継であるが、当組合が関わった企業の具体事例をいくつか紹介し、金融機関、企業経営者の方々への一助になれば幸いである。

*当組合は、世間でPRされている「事業承継」が、主として財産権の法的側面や税務問題、M&Aの手法といった一面的な側面からのみ使用されている現状に鑑み、財産権を中心とした資産の承継問題を中心に解決策を実施する「資産承継」と、経営者の交代に伴う財務・事業・組織全般を再構築するための解決策を実施する「経営承継」その両方をマネジメントし、有機的に機能させる「企業承継」という概念を普及させていくことを主眼に置いている。

会社名商工振興グループ(商工不動産・商工興産・商工商事の3社を中心に関連会社数社)
業種不動産開発・賃貸・管理(商工不動産)レストラン・ゲームセンター他(商工興産)、
化粧品販売(商工商事)、その他
年商グループ全体で約50億円
資産(時価)法人名義で約30億円、個人名義で約 70億円の不動産を所持する
負債法人・個人合計で約40億円
経営者一族創業者(75歳)、妻(65歳)、長男(40歳)、次男(35歳)、長女(32歳)、三男(26歳)

同社は戦後すぐに土地売買で成功した創業者が、個人名義の不動産の有効活用を皮切りに各種事業にも進出し、以後50年近くひとりでグループ全部を取り仕切ってきたが、ガンで余命数年という診断を受け慌てて経営承継対策を開始したのであった。しかし、会社に役員として関わらせている長男と次男はどちらも経営者としては一長一短があり創業者を含めた会社幹部からの全幅の信頼は得られておらず、正式な後継者はまだ決められずにいた。また、創業者夫妻は年の離れた三男を溺愛し三男を後継者にとも考えているが、本人は現在海外留学中でありその経営能力は未知数である。一方、長女は専業主婦となっており、事業には関わっていない。その上、以前にスポットで契約した税理士から税金対策のみを視野に入れた複雑な親族間贈与や形式的な売買を重ね、会社の株券や不動産物件の多くを各兄弟の共有物にしてしまったため、相続問題が現実のこととなった今、その配分に関して兄弟間で不平不満が噴出する可能性が高く家族争議になるリスクを抱えるにいたっている。

(1)後継者が決まっていないこと

長男は、当然に自分が後継者となると考えているが、自分の好きな事業であるレストラン経営にばかり力を入れて他の分野を学習しようとしないこともあり、創業者からは真面目ではあるが決断力が足りずグループの総帥たるには値しないと評価されている。

また、次男は様々な事業に関わっており、経営能力では最も優れているが、派手好きでやや浪費癖があることが創業者にとっては心配のようであった。

三男はまだ社会経験もなく、本人も今のところ会社に関わる気はないようである。

また、親族以外の後継者を考えるにしても社内に関しては創業以来ワンマン体制であったため全く候補者たる人材が育ってきておらず、外部招聘するにしてもこのグループ全体が創業者一族の影響を受けずにビジネスとしての経営を進めることが不可能な環境にあるため、それも困難であろうと考えられる。

(2)個人名義の不動産が大量にあり、その大部分を会社が使用していること

特にメイン事業である商工不動産は、本社ビルをはじめほとんどの施設を創業者個人名義の土地の上で展開しているため、もし土地が法定相続になって多くの兄弟の共有物になってしまった場合には、事業の運営が非常に困難になることが予想される。しかし、もし経営承継する相続人の単独名義にした場合には、財産権のほとんどがその者の名義になってしまい遺留分侵害の問題が発生する。

また、すでに生前贈与等で複雑な共有名義にしてしまっている物件については、相続発生前に再度見直しをしなければならない。

(3)グループ各社の収益に大きな差があり、特にメイン事業である不動産業を継ぐ者が莫大な負債も引き継ぐことになること

商工不動産の業績は順調だが、業種の性質上かなり多くの債務を抱えており、現経営者である創業者の負担している巨額の個人保証がこのままでは全相続人に法定相続されてしまう。それを避けるためには事前に各事業についての後継者を決定し、金融機関等と保証の承継についての話し合いをしておかなければならない。

また、商工興産はレストラン事業は順調で負債は少ないが、ゲームセンター事業等の不採算部門を抱えており後継者は早急に経営改善に乗り出さなければならない。

商工商事は最近他社から営業譲渡を受けて新規参入した分野の事業を取扱っており、経営は事実上営業譲渡前のスタッフである高齢の専務取締役が行っている。

いずれにしても、親族だけにかかわらず早急に後継者を決定しその者に各会社の株式を移転する手配をして個々の支配権と経営責任を明確にしておかないと、相続が発生してからでは企業価値の著しい低下を招く危険性がある。

(4)相続税負担だけで数十億円の資産減少が予想され、事業経営に影響を与える危険性がある

このままで創業者の相続が開始した場合、とりあえずは妻に現金・預金をはじめとする多くの財産を移転して配偶者控除を利用できるが、早晩「二次相続」が発生しその際に再度巨額の相続税負担が発生することが予想され、不動産の売却や物納の必要性が生じてしまい事業の継続に悪影響を与える危険性があるので、一次・二次を通算した相続税対策を早急に講じておく必要がある。

(1)事業内容の分析

グループ数社がそれぞれ行っている事業の内容と使用している資産の種別、親族を含めた役員の関わっている度合い等を精査し、各会社の必要性・重要性・健全性・将来性等について分析した上で創業者亡き後にどのようにするかを検討した。

同族のグループ企業の場合は、単に節税だけのために存在する会社があったり、事実上赤字であるのに他社の経費を流用している等の理由で収益性が明確に分析できていない会社があったりするので、経営承継を機会として会社ごと及び事業ごとの収益性分析を行い各事業の将来の可能性を見据えた上で事業計画を策定し事業継続の是非を決定しなければならない。

また、その際に相続税負担を最小限に止めるための対策を講じながら、その納税資金とするための各相続人への金銭の配分や資金確保のための保険加入等を併せて検討する必要がある。

(2)事業の整理と後継者の決定

グループ各社の事業を原則1法人1事業として再編成し、それぞれの事業の承継者を決定した上で創業者名義の不動産を個人使用と会社使用に完全に分類し、会社使用が継続する不動産については二次相続後には遺留分を侵害しない範囲で各会社の承継者となる者を中心とした遺言書を作成することにした。また、分散している株券についても各社の承継者に少なくとも3分の2以上の持分を持たせる内容を遺言に盛り込むことにした。

その結果、経営力に優れる次男がメイン事業である商工不動産を、人格の良い長男がサブ事業である商工興産を、商工商事は株式と不動産を三男に遺言で将来移転し、当面は現在の責任者である専務を社長とし三男の帰国を待って自ら経営者となるかあるいはM&AやMBO等で事業を売却するかの意思を確認することになり、他の個人名義の不動産を使用していない数社の事業は廃止または事業ごと他者への売却を考えることとなった。

また、各社の株式の名義が分散してしまい経営者となる者の支配権の維持が困難になるといけないので、経営者以外の持株について議決権のない株式に変更する決議を行うと共に、兄弟全員の共同出資で信託受託会社を設立し、遺留分の存在から単独名義にできなかった事業に活用する不動産一切を当該信託受託会社に民事信託することにより、正しい収益分配と各社の経営者となるべき相続人の独断専行を戒める効果を持たせることにした。

以上の事例を見てわかるように、この事例のグループ企業ではもし経営承継対策を何もしないままで創業者が死亡した場合、各社の株券も不動産も全てが法定相続となってしまい、おそらく経営権と財産権とをめぐって骨肉の争いとなったであろう。また、相続税も莫大な金額となって、場合によってはそれを支払うために会社が使用している不動産の売却を余儀なくされ、会社は倒産し相続人全員が連帯保証債務を承継するので、一つ間違えば一族全員が自己破産というまさに最悪の事態に陥らなかったとはいい切れないのではないだろうか。

本事例ではたまたま創業者がガンになり、資産承継と経営承継の両面を視野に入れた専門家グループに相談されたのでこのような成果を得られたという面が大きいが、もう一つの重要なポイントは創業者の病気を機会として創業者一族が全員「企業承継」のことを真剣に考えるようになったという部分である。

創業者が元気な間は関係者の誰もが今の状況が永遠に続くというような錯覚を持ち、承継問題というと何かしら財産の争いのような暗いイメージがあり、遺言などはまさに「死」を前提とする「遺書」と混同されているためかその話題に触れること自体を一種「タブー視」してしまう傾向があるものだが、そういった意識が結果として有効な対策が可能であった時期を逸してしまい企業承継失敗の大きな原因となってしまうところであった。

中小企業の場合は創業者が所有と経営の両方を担っている場合が多いが、ひとたび承継問題が顕在化すれば、企業の存続自体が危ぶまれることもある。

重要なことは、資産承継と経営承継を混同せず会社を次代に引継ぎやすくすることが企業承継の要諦である。また、新しい経営者にいきなり全てを任せるのではなく、一部の比較的安定的な事業を任せることで一定期間でどの程度経営を任せられるかを判断し、どう経営に関わってもらうかを決める方法もある。その際重要事項を勝手に決められないように特定株主に拒否権を与える黄金株など新会社法の枠組みを上手に活用する方法もある。

創業者は会社の所有権から経営権まで全てを握るのではなく、所有は一族、経営はターンアラウンドマネージャーなどの経営の専門家というように区別するための会社分割制度を活用することで、適度な緊張感を持った新たな会社経営ができると確信する次第である。