債務整理に伴う経営者交代の際には、株式分散防止の観点から種類株式を活用した施策が必要となる。既存株主より普通株式を買取り、替わりに配当優先株式を発行し、後継者に議決権の集中を図った事例をもとに、債務整理とともに実施する事業承継の手法を考察する。

企業再建・承継コンサルタント協同組合
代表理事 真部 敏巳

人間誰しも年をとり、そしていつかは会社の経営もできなくなる時が来る。日本の経営者の平均年齢は60歳前後となっているが、国立社会保障・人口問題研究所の調べによれば60歳くらいから生存率のカーブが急激に下降することが報告されている。また急病などで突然経営が行えなくなることも考えられる。いつ訪れるか分からないのが承継問題であり、また承継の実行まで時間がかかるため経営者は早期の引退も視野に入れ、早い時期から準備を進める必要がある。親族内で承継する人がいるならば、その教育も必要である。そして資本政策をどのように考え、親族内の相続とどのように融和させるか非常に難しい問題である。承継の成否は承継方法によって左右されるので、十分な準備期間を取って着実に進める必要がある。今回執筆する事例は、04年に旧商法下における種類株を活用して事業承継を実現した事例である。過大債務の整理の際に経営責任をとって引退する創業者に代わり長男に議決権の3分2超を引き渡すとともに、従業員株主に配当優先型の種類株を渡すことで債務整理後の従業員のモチベーション維持を図ったケースである。 06年5月1日に施行された会社法では、さらに活用の幅が広がった種類株式を用いて、生前に議決権制限株式を発行したり株式内容を変更しておき、経営者の死後、後継者には普通株式を、事業に関係ない相続人には議決権制限株式を相続させることにより、遺留分等民法上の権利に配慮しつつも議決権の分散を防ぐ等の方策を実施することができるといった選択肢が広がっている。本事例を事業継承の一つの事例として参考にしていただければ幸いである。なお、法律等は04年当時のものである。

(1)会社概要

A社にはA氏一族が支配権を保有している会社が2社存在していた。A社は当初の従業員数が40 名くらいで昭和30年代に設立されており、各種部品を自動車メーカーや事務機メーカーに納めていたが、下記B社の設立後は同社の製造部門となっている。現在の従業員数は10数名である。B社は昭和60年代に設立した会社である。技術開発することを目的とし、大手企業から6名を採用し、04年当時もそのうち3名が戦力として活躍していた。現在のB社の主力は特殊な部品で、売上の8割以上を占めている。通常製品は部品が摩耗し仕事量が変動してしまうことに対応できないが、B社の製品はこの欠点を解消したタイプであり差別化が図られている。A社はB社の販売する機械を外注先およそ20社を利用して製造していた。外注先は30~40年という付き合いの長い先が多い。A社が製造した製品の販売はB社を通じて行っていた。開発機械の1 台あたりの価格は1,000~3,000万円程度であった。販売先の信用は高く、貸し倒れの心配はないとのことであった。B社は原則として在庫を持たずA社から顧客へ直接納入されていた。なお本社・工場の不動産はA社が保有している。三者の取引関係は図表1の通りである。

(2)金融機関との取引状況

A社のグループは、本業はそれなりに利益が出ているものの、バブル期の過大な投資が原因で連結売上2億円にも満たない会社にもかかわらず5億円もの借入債務(全てA社)を負担していた。創業者の旧自宅を売却した150百万円の返済と通常弁済の結果、04年当時で借入金残高は250百万円(+未計上利息57百万円)となっていた。会社のキャッシュフローから考えて、この残高を半額程度の123百万円に整理することが必要と認められた。

(1)債務整理案の検討

まず、A社とB社の実態バランスシートは以下の通りであった(決算時期のずれがありグループ内債権債務は一致しない)。

  • A社における税務上の含み損益
    在庫評価損(約80百万円)、未計上利息(約57 百万円)、別の休眠会社向け債権の償却(約13 百万円)、土地の含み益(約100百万円)
  • B社における税務上の含み損
    繰越欠損金(約18百万円)、在庫評価損(約28 百万円)前述の通り、金融機関の債務は半額にする必要

があった。金融機関の債務をほぼ半額にした譲渡対象のバランスシートはつぎの通りとなっていた。

過大債務の解消策として実務上よく採用される方法に、過大債務を切り離して事業譲渡(04年当時は営業譲渡。以下「営業譲渡」という)を実施する方法がある。今回のケースでも営業譲渡を活用するのが最も有効と最終的には判断したが、金融機関の債務を半額だけ譲渡する場合のA社の事業上の資産は事業上の負債を44百万円も上回っている。この資産超過部分を別の法人に移行する場合には、同額の資金手当てを行うか同額の課税関係の発生かのいずれかは回避できないと考えられる。また、不動産の移動にあたって発生する各種の付随費用と税金も考慮する必要がある。以下においては、この前提のもとで実際の納税を可能な限り繰り延べまたは回避し、減額する方策を検討した。検討したケースは以下の通り。

  • [1]A社の営業全てをB社に譲渡する(営業譲渡代金を支払わない)ケース
  • [2]A社の営業全てをB社に譲渡する(営業譲渡代金を支払う)ケース
  • [3]A社ビジネスを分割型新設分割(税法適格)し、新会社に移すケース

以下に各ケースの、手法、考慮すべき事項、メリット、デメリット、ポイントを記す。

いわゆる第二会社方式による譲渡である。受け皿としてB社を活用した。含み益のある不動産の時価相当額のみをB社からA社に支払い、これ以外の資産負債の価値はないものとして処理を行う。

従来、A社とB社は役割を明確に分けていたことから、今後の会社の運営を考慮するに当り、株主間の調整を図る必要があったが、この点は種類株を利用することにより、調整が可能と考えられた。これについては後述する。譲渡対象の支払手形について、A社が発行済みの手形を回収し、B社がこれに代わる手形を発行するなどの処置が必要になる。また、譲渡対象債務について債権者の個別承諾が必要となる。税務上の取扱いとして、不動産の含み益がA社で実現することとなるが、A社の税務上の含み損とぶつけることで課税関係は生じない。不動産以外については、資金の移動を伴わない譲渡になることから低廉譲渡(譲渡側は寄付金認定、譲受側は受贈益の計上)になる。在庫関連損失の計上には実際の廃棄が必要である。B社の受贈益も含み損でカバーが可能である。

  • A社にもB社にも営業譲渡を実施することで納付税額が発生しない。
  • 会社分割に比べて手続きが簡単であり、会社分割と比較すると、短時間で手続きが完了する。
  • 会社分割の場合に将来の課税対象として残る不動産の含み益が生じない。
  • 登録免許税と不動産取得税が会社分割(税法適格)の場合に比べて高くなる。

課税所得発生の回避、営業譲渡代金調達の回避が図られ、分割に比べると簡便的な手続きになる。しかし、不動産取得にかかる納税資金は別途用意する必要がある。

[1]の手法に加えて、B社からA社に譲渡対象の純資産額相当額を支払う。

[1]と同様。

  • A社にもB社にも営業譲渡を実施することで納付税額が発生しない。
  • 会社分割に比べて手続きが簡単であり、会社分割と比較すると、短時間で手続きが完了する。
  • 会社分割の場合に将来の課税対象として残る不動産の含み益が生じない。
  • 登録免許税と不動産取得税が会社分割(税法適格)の場合に比べて高くなる。
  • B社が資金を別途調達することが必要である。

課税所得発生の回避、営業譲渡代金調達の回避が図られ、分割に比べると簡便的な手続きになる。しかし、営業譲渡代金と不動産取得にかかる納税資金を別途用意する必要がある。

A社の営業全てを分割し、新会社を設立する。分割会社のA社には地方銀行からの借入金のうち不動産価値を超える分のみが残る。

債務超過会社の分割については事例はあるものの一般的ではないので、債権者との調整を慎重に行う必要がある。また、不動産取得税を削減するには地方税上の税法適格分割にすることが必要である。

  • A社の不動産の所有権を異動させる必要がない。
  • 不動産取得税の免除、登録免許税の軽減措置がある
  • 手続きが煩雑で時間がかかる(債権者への催告・公告による異議申述の期間に1カ月を要する)。
  • 一時的な課税は回避できるが、不動産の含み益を将来に持ち越すことになる。
  • 在庫の含み損の利用ができない。

一時的な課税所得の発生は回避できるが、不動産の含み益を将来に繰り延べることになる。また手続きが煩雑で、営業譲渡に比べると決着までに時間がかかる難点がある。

A社の営業をB社に譲渡あるいはA社を分割して新会社に営業を移した後、残ったA社には地方銀行からの借入金のうち不動産価値を超える部分が残る。この地方銀行からの借入金は、サービサーに売却してもらいA社の債権者が当該サービサーのみとなった段階で、A社及び保証人と当該サービサーとの和解を成立させる。以上の各手法を検討の結果、スピード及び今後のビジネスの継続を考えた場合に債権者への催告・公告は避けたいという思惑により[1]案を採用することとなった。創業者と金融機関の信頼関係が持続しており、役員退任、自宅売却と誠実な交渉により債務整理は無事に終了した。

債務の整理と同時に責任をとって退任する創業者に代わり、長男であるX氏をB社の経営者とすることになった。この場合、株式譲渡により会社の支配権を同氏に譲渡することが一般的と考えられる。従来、A社とB社は役割を明確に分けていたことから、スキーム実施後の会社の運営を考慮するにあたり、株主間の調整を図る必要があった。特に、譲渡先のB社の株主は創業者以外に従業員が株主となっており、スキーム実施後のモチベーションの維持のためにその取扱いに留意が必要であった。これについては以下の通り種類株を活用した解決案を考えた。

(1)資本構成

2社の資本関係は図表2の通りであった。A、Bが創業者であり、C~Hは従業員(FGHは退職)である。

(2)B社の株主異動について

B社は債務超過の会社なので株式の移転のための資金手当ては不要であったが、過去の経緯から既存の株主からは出資原価による買取り要求の可能性があった。支配権の異動と既存株主への配慮を両立する方法として、支配権を移動しながらも種類株式を利用することで既存株主への将来の配当を確保する方法として以下の方法を採った。

臨時株主総会の特別決議でB社の定款を変更し、通常の議決権を有しないが配当と残余財産分配権を普通株式の2倍とするA種株式を発行する。当該A種株式の99株をX氏、26株をC氏、12株をD氏、11株をE氏が引き受ける。債務超過なので株価は1円で発行する。

A種株式を発行後に、X氏がA、B両氏及び退社した3名(F、G、H氏)の株主から普通株式を買い取る。A、B両氏以外には買取りの対価として[1]のA種株式を引き渡す。差額は現金で支払う。買取時の株価もB社が債務超過なので1円とする。

以上の結果として、支配権はX氏に移り、配当した場合の配当割合についてはA種株式発行前と同じになる(図表3参照)。上記の手法を使い、現経営者から後継者への支配権をスムースに異動し、合わせて既存株主の不公平感を持たれない内容の株主移動を実施することができた。